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2018.02.02

【特集】日本一を前に一歩後退、足場を固めて再浮上を目指す…男子グレコローマン87kg級・塩川貫太(日体大)


塩川貫太(日体大)

 高校時代に全国大会無冠でも、全日本王者に手が届くまでに力を伸ばす選手は珍しくない日体大のグレコローマン・チーム。昨年12月の全日本選手権では、2年連続学生二冠王にして、全日本選抜選手権で優勝した男子グレコローマン87kg級の塩川貫太(日体大)が、その壁に挑んだ。

 3位に終わり、在学中の王座到達はならなかったが、「負けて学んだことがあった」と振り返り、グラウンドの攻防に重点を置かなければならない現状を実感。この冬は「国内で体づくりからしっかりやりたい」と巻き返しを誓っている。

 4月からはクリナップに入社し、レスリング活動に専念する。「6月(全日本選抜選手権)は絶対に優勝する。盤石の強さをつくる年にしたい」と気を引き締める。

世界を視野に入れた2017年だったが、「上を見すぎた」

 「優勝しか狙っていなかった」という全日本選手権。準決勝で半年前の全日本選抜選手権決勝で勝っていた角雅人(自衛隊)に0-10のテクニカルフォールで敗れてしまった。「グラウンドの弱さが浮き彫りになりました」と振り返る。ルールが変われば、強さも変わる。分かっていたことだが、経験しないと本当の意味で理解することはできない。グラウンドの強化は今年の最重要課題だ。

昨年11月、U-23世界選手権(ポーランド)で闘う塩川=撮影・矢吹建夫

 もうひとつ反省したことは、「上を見すぎた」こと。2017年はデーブ・シュルツ国際大会(米国)に始まり、クロアチア、ハンガリー、ポーランド、スペインでの国際大会に加え、アジア・インドア&マーシャルアーツ大会(トルクメノスタン)、U-23世界選手権(ポーランド)と合計7回の国際大会を経験。世界で勝つことを念頭においてマットに上がっていた。

 数多くの国際試合を経験できたことは自信になったが、「下地がしっかりできていないまま世界で闘っていた。国内で勝つ、という気持ちがおろそかになっていました」-。目標が日本一なら、それ以上の選手になれないのは確かだが、日本一にならなければ世界へ飛躍することもままならない。今回の3位は、足場を固めることの重要性を知るいい経験だったといえよう。

松本慎吾監督と互角に闘うため、ウエートアップを敢行!

 中学までは柔道の選手。長野県チャンピオンだった。父がレスリング経験者だったことで、長野・北佐久農高からレスリングを始めた。しかし高校3年生の途中まで全国大会での上位入賞はなく、周囲から「柔道を続けていた方がよかったんじゃない?」と言われることもあったという。

2013年東京国体の少年グレコローマン74kg級で2位入賞の塩川(右)。優勝は奥井眞生(和歌山・和歌山工=現国士舘大)

 3年生の全国高校生グレコローマン選手権で3位、国体で2位となり、日体大へ進むことになった。練習のきつさや先輩の実力に驚くことはよくあるが、塩川は「部員の多さにのまれました」と振り返る。高校時代は「部員は2人だったんです」-。初めて経験する“集団生活”。強豪高校から来た選手に遅れをとることも多かったが、負ければ悔しい。「ついていくぞ」という気持ちはあったという。

 当時は74kg級。松本慎吾監督(現役時代は84kg級=現男子グレコローマン強化委員長)とスパーリングすることも多く、「殺されるかと思いました」というほどの実力差があった。それを縮めるためにやったことが増量。ウエートトレーニングと食べることで体重を増やしてみると、圧力に負けることがなくなったのか、「少しはましに闘えるようになりました」。

 その成果が、1年生の夏にあった全日本学生選手権80kg級2位という成績。「練習でやっているように、前へ、前へと出ていたら、勝ち上がっていて…」。

 「松本監督との練習より楽だった?」との問いに、「そうですね」と苦笑い。同監督以外にも、当時の日体大には2012年ロンドン・オリンピック97kg級代表の斎川哲克(現栃木・足利工高教)ら日本のトップ選手が参加していたので、ハイレベルの練習をこなしていた。「練習より試合の方が楽」と言える選手は、必ず伸びていくだろう。

4年間の学生8大会すべてでメダルを獲得

 1ヶ月後の全日本大学グレコローマン選手権は、各大学から各階級1選手しか出場できない。「同じ階級に、練習でポイントを満足に取れない先輩がいたので、選ばれないと思っていた」というが、インカレ2位がよかったのか抜擢され、ここでも決勝進出を果たした(拓大・前田祐也に敗れる)。

松本慎吾・男子グレコローマン強化委員長(後方)に見守られて練習する塩川

 松本監督は高校時代無冠の1年生を選んだ理由を「体幹が強く、力強さがあった。将来への期待をこめて」と説明した。結果として、4年連続で学生の2大会に出場。その8大会すべてでメダル(金メダル4個)を手にする快挙を達成。その期待にこたえた。

 松本監督も学生時代、8大会中7大会に出場し(1年生の全日本学生選手権は世界ジュニア選手権と重なって不出場)、7大会すべてでメダル(金メダル5個)を手にしている。塩川の行く末も想像できようというもの。4年生で全日本王者になった松本監督から一歩遅れてしまったが、全日本選抜王者に輝いたのは塩川の方が先。同じ成長曲線を歩んでいる。

 2015年に世界ジュニア選手権(ブラジル)に出た時は、「出られたことが大きかった」。今は、はっきりと言う。「東京オリンピックに出ることが目標ではありません。メダルを取ることです」-。U-23世界王者(河名真寿斗=男子グレコローマン59kg級)を生んだクリナップで、塩川が世界を目指す!







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