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2018.03.23

【特集】体育学校から自衛隊幹部へ! 「努力はどの世界に行っても役立つ」…元全日本2位・谷岡泰幸さん


(文・撮影=保高幸子)

 「死ぬまで勉強だと思う。道をひらいて、後に続くレスラーに活躍の場を提供していきたい」。そう語るのは自衛隊体育学校レスリング班OBの谷岡泰幸さん。

 徳山大学時代には3年次と4年次に西日本学生選手権の両スタイルを制覇。自衛隊には一般隊員として入隊し、山口駐屯地に配属され、翌年、体育学校に入校。2011年まで男子グレコローマン60kg級の全日本のトップレベルで闘っていた。

自衛隊の幹部初級課程で褒賞を受賞した谷岡泰幸さん

 最高成績は全日本選手権2位で、2008年に全日本選抜選手権でも2位になった。引退する時には何の悔いもなかった。きっぱり足を洗えたのは、その先があると考えていたから。選手を引退してからは自衛隊幹部として必要な教育を受け、およそ2年ごとに部隊異動をしているという。4月からは横須賀の高等工科学校に勤務し、区隊長兼レスリング部長となる。

 レスリングを始めたきっかけは山口・徳佐高校(現山口高校分校)でサッカー部が廃部になったこと。2年生からレスリングを始めた。「私が小学校に入学して数日後に父が亡くなり、それ以降、ずっと母子家庭で育ちました。当時は社会福祉が今ほどは確立されておらず、本当に貧しかった」。

 高校時代は、小さい頃に貧しかったことで不当に受けた扱いに対し、見返してやろうという思いでレスリングをやっていたという。

 中学時代から地元に貢献したいと思っていた谷岡さんは、将来、山口県知事になりたいと思うようになり、勉学にも励んだ。地元の徳山大学に推薦で入学。経済学部を選んだのは「経済学はなぜか日本では地位が低く重視されてないけれど、海外ではノーベル経済学賞を受賞する人も多く、奥が深いです。政治家になるには経済学」という理由。確固たる信念を持ってのことだった。

 「山口県は総理大臣を多く輩出しているし、吉田松陰の教えも念入りに教育するんです。それもあって、故郷や国を良くする、人の役に立つ仕事をしたいと思っていました。組織を改善するためには偉くなるしかないと思いました」。大学時代には中学・高校の第1種教諭免許(社会)も取得したという。

オリンピックを目指すことを人生のピークにはしない!

 「オリンピックを目指す自分を(人生の)ピークにしたくない、と現役の頃から思っていた」。常にセカンドキャリアのことも頭にあった。谷岡さんは体育学校在籍の間に入校した陸曹候補生課程で東部方面総監賞を受賞した。

2008年全日本選手権決勝で闘う谷岡さん(青)=撮影・矢吹建夫

 「努力のプロセスはどの世界に行っても役立つ」という持論の谷岡さんは、このあと自衛隊内で前代未聞の“事件”を起こしたという。およそ100名が参加する普通科の幹部初級課程において、成績優秀者として褒賞を受けたのだ。

 体育学校から幹部になった場合、「未入校で競技成績のみで幹部に昇進した」ということでY幹部と呼ばれている。防衛大卒のB幹部や東大や京大を含む一般大学卒のU幹部といった将来的に上級部隊の指揮官や組織の中枢の役職につくことを期待されている面々をおさえてY幹部が成績優秀者となった。「あまり信じてもらえない」と谷岡さんが言うように、自衛隊では「ありえない事件」だったという。

 文武両道の見本のような人生。「まだこの先も勉強を続けていく」と上を目指す予定。自衛隊は最後まで勤めあげるといい、目指すは陸上自衛隊最強の幹部。一方では体育学校の第2教育課長(国際級選手育成)になり、体育学校に恩返しもしたいという夢もある。「自衛官は定年退官が早いので、そのあと政治の道にも進みたいですね。だから勉強を続けるんです」。

 目標に向かって、それを成し遂げるために必要なプロセスを踏むことを、体育学校でレスリングを通して学んだという。「私にできる恩返しは、偉くなって牽引すること。陰ながら応援することです」。選手を終えてもレスリング人生はまだ半ば。ピークはこれからだ。







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