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2019.12.02

【2019年東日本学生選手権・特集】2024年パリ・オリンピックへの序章! 負傷による戦線離脱から復活した梅林太朗(早大)


大けがから復帰し、2024年パリ・オリンピックへの道を歩み始めた梅林太朗(早大)

 団体戦のレギュラーを外れた選手に試合出場の機会をつくり、全日本選手権の出場資格のない選手にチャンスを与える目的として創設された東日本学生選手権。秋季のフリースタイル79kg級に、高校時代にインターハイ2連覇を達成し、昨年の国体2位の実績を持つ選手が出場した。

 JOCエリートアカデミー(東京・帝京高)から早大へ進んだ梅林太朗。ひざの負傷で手術に踏み切り、今年はこれまで大会出場がなかった。けがさえなければ、74kg級でオリンピック代表争いに加わっていた可能性は十分にあった選手。負傷明けとなる今年の全日本選手権は、さすがに激戦が予想される74kg級ではなく、79kg級での出場を目指してこの大会に出場した。

 決勝は、86kg級で昨年の全日本学生選手権2位の八木海里(中大)が相手となったが、6-0で勝ち、見事に全日本選手権出場の切符を手にした。「最低限の目標が優勝で、無失点というのがさらなる目標でした。それを達成できて、よかった。けがをして…。今年初めての試合がこれで…」。

1階級上の強豪、八木海里(中大)に無失点での勝利

 こみあげてくるものを必死にこらえながら話す梅林。昨年の全日本選手権で右ひざを負傷。約1ヶ月戦列を離れて復帰したが、今度は左ひざの前十字じん帯を断裂。3月に手術し、「年内は絶望」と言われた大けが・手術だった。

 しかし、リハビリにかかわった人や、家族、チームメートなど多くの人に支えられ、全日本選手権出場に間に合った。マットに戻れたのが9月で、スパーリングができるようになったのは10月に入ってから。それまではレスリング場にも足を運ばず、リハビリに専念する日々だった。「もう一度やってしまったら、学生生活を棒に振ってしまう」という思いがあり、その気持ちとの闘いが辛かったと言う。

 大会出場を決意したものの、医師からは「気にならなくなるまでに、あと2~3ヶ月はかかる」と言われ、その通りに不安いっぱいだった復帰戦。だが、試合数などからして、回復具合を見るにはちょうどいい大会となり、「ここで勝てないようでは、全日本選手権で勝つことはできない」と、気合は十分に入っていた。

自分の弱さや苦手な部分とも向き合った8ヶ月間

 初戦で春の覇者、礒川利音(国士舘大)に10-0のテクニカルフォール勝ち。この快勝は自信になった。決勝ではタックルだけではなく、飛行機投げも飛び出した。1階級上の強豪に勝つことができ、全日本選手権の優勝がはっきり見えた。もちろん、2試合に勝っただけで、どこまで調子が戻っているか正確には分からない。それでも、「全日本選手権は優勝したい。あと3週間、しっかり調整して頑張りたい」と話し、気持ちが上向いたことは確かだ。

飛行機投げも飛び出た決勝

 自分の弱さや苦手な部分とも向き合った8ヶ月間だったとも言う。「アカデミーを卒業してから、妥協していた部分があったと感じました。まだ甘さはあると思いますが、1から見直し、自分に厳しくやっていきたい」と、ブランクによって得るものもあった。

 「早稲田というチームにも感謝したいです」とも言う。65kg級に安楽龍馬、86kg級に山﨑弥十朗という学生王者のほか(安楽は学生二冠王)、同じくらいの階級には強豪がそろっている。先月の全日本大学選手権は、あと一歩で団体優勝を達成できたほど層の厚いチーム。「その中で練習をやることができましたから」。

 辛かった日々がよみがえったのか、インタビューの間、何度も言葉を詰まらせ、目を潤ませた。「多くの人に感謝したい」。その気持ちを結果で表すのは、東京オリンピックではなく2024年パリ・オリンピック。復活劇は、まだ序章が終わったばかりだ。







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