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2020.07.25

【担当記者が見たレスリング(12)】IOCに「認められる」のではなく、「認めさせる」の姿勢と誇りを…森田景史(産経新聞)

(文=産経新聞記者・森田景史)

2013年2月13日付けの朝刊スポーツ新聞。全紙がレスリングのオリンピックからの除外問題を取り上げた

 いまでも折に触れ、「冗談にも程があるよな」と微苦笑交じりに思い出す。2013年に起こったレスリングの「オリンピック除外」騒ぎである。

 古代オリンピックの中核競技、近代オリンピックでも第1回大会から行われている「顔役」を、国際オリンピック委員会(IOC)は2020年大会から締め出そうとした。世界的な普及度や視聴率の低迷、女性進出の遅れなど理由はさまざまに語られたが、つまるところ、IOCの権威主義と無定見による勇み足でしかない。

 世界中のレスラーが反旗を翻し、不倶戴天の仲とみられた米国とイランの協会が手を結ぶなど、「除外」の余波は想像を超える抵抗を招いた。日本協会もまた、福田富昭会長が世界各地を東へ西へと走り、国内では約100万筆の「復帰」署名を集めた。

日本協会の緊急会見。レスリングを守るための闘いがスタートした

 2020年大会の開催都市と実施競技を決める2013年9月のIOC総会(アルゼンチン・ブエノスアイレス)を前に、福田会長は筆者にこうぼやいている。「招致は東京、実施競技はレスリングに-、と働きかけているんだが…。いろんな事情が複雑にからんで、情勢は何とも言えない」。当落線上に残ったのは、レスリング、野球・ソフトボール、スカッシュの3つ。

 招致の審判を仰ぐ東京、イスタンブール、マドリードと3つの競技をつなぐ糸は、日本協会にとって思わしくない形でからみ合っていた。東京なら日本で人気の野球・ソフトボール。イスタンブールならトルコの国技であるレスリング。マドリードなら欧州で人気のスカッシュ。関係者の間で噂されたのは、いかにもありそうな筋立てである。

権威振りかざすIOC、競技団体の苦しみ

 結果として2020年大会は東京に、実施競技はレスリングに落ち着いたものの、憔悴しきった福田会長は現地で「これからも頑張る。オリンピック競技であり続けるために」と、目に涙を溜めていた。筆者はIOCの罪深さを呪ったものである。

東京・表参道での署名活動。オリンピックのレスリングを守るため、レスリング界は一致団結した

 オリンピックという箱舟から落ちまいとする各国際競技連盟(IF)のもがきは、皮肉にも、IOCの権威をさらに高みへと押しやってきた。レスリング界は指定席を死守するため、動きの少ないグレコローマンを排し、フリースタイルに一本化する案を泣く泣く議論した過去がある。

 腕力と技量と速さを競うべき長時間の一本勝負を質に入れ、「ピリオド」という細切れの商品として提供した負の歴史もある。オリンピックは競技団体を救う代わりに、競技そのものを殺(あや)めてきた。その現実に、IFはもっと怒りの声を上げていい。

 IOCはいま、いたずらに権威を振り回したことへの報いを受けている。それが「若者のスポーツ離れ」、正確に言えば「オリンピック離れ」だ。スケートボードやサーフィンなどに興じる若者に言わせれば、「オリンピック? 別に…」。泡を食ったIOCは、「若者のスポーツ回帰」を掲げて、ニュースポーツに門戸を開いた。

 その結果、2020年大会は33競技339種目と、かつてないほどに肥え太り、東京は耐え難い重みに脂汗を流している。そこに新型コロナウイルスの追い打ちである。

レスリングを守る方法は、地道な普及に徹すること

 こうしてみると、競技の本質をゆがめてしまうオリンピックとは何なのか、と考えてしまう。レスリングの取材現場を離れて久しい筆者から、はばかりながら申し上げるとすれば、卑屈な「オリンピック礼賛」とは手を切るべきだと思う。

2013年9月8日午前1時(日本時間)、レスリングのオリンピック存続が決まり、歓喜に沸く選手・関係者=東京・味の素トレーニングセンター

 オリンピックのある、なしが死活に関わることは分かっているが、競技の魅力を質草にしてまで箱舟にすがりつくことが、レスリング界の幸せにつながるとは思えない。

 IOCの顔色をうかがうようなルール改定にこだわるあまり、競技に本来宿るはずの躍動感が損なわれていないか。ファンが見たいのは、細切れのピリオドで争うポイントの多寡ではない。十分な試合時間の中で、選手たちが汗を四散させ、腕力と腕力を競い合う、筋肉質で歯ごたえのある格闘技だ。グレコローマンの除外などは、角を矯めて牛を殺すようなもので、一考にも値しない。

 レスリングを本気で守るというのなら、地道な普及に徹することだ。誰が見ても分かりやすく、競技の魅力を存分に引き出すルールに戻すことだ。裾野の広がり、ファンの拡大が、わが身を守る護符になる。そのことに早く気づいてほしい。

 IOCに認められるのではなく、認めさせる。伝統競技としての誇りを、レスリング界はもっと大事にしていい。

森田景史(もりた・けいじ) 1970年、大阪府出身。1993年、産経新聞社に入社。2000年以降は運動部記者として、主にレスリング、柔道、相撲を担当。オリンピックは北京、ロンドンの2大会と、2020年大会招致を取材した。現在は論説委員を兼務。社説とコラム、趣味が高じて時々、将棋の記事を執筆。誰もが喜ぶ甘口の論調が持ち味。

担当記者が見たレスリング

■7月19日:弱さを露わにした吉田沙保里、素直な感情と言葉の宝庫だったレスリング界…首藤昌史(スポーツニッポン)
■7月11日:敗者の気持ちを知り、一回り大きくなった吉田沙保里…高橋広史(中日新聞)
■7月4日: “人と向き合う”からこそ感じられた取材空間、選手との距離を縮めた…菅家大輔(日刊スポーツ・元記者)
■6月27日: パリは燃えているか? 歓喜のアニマル浜口さんが夜空に絶叫した夜…高木圭介(元東京スポーツ)
■6月20日: 父と娘の感動の肩車! 朝刊スポーツ4紙の一面を飾った名シーンの裏側…高木圭介(元東京スポーツ)
■6月13日: レスリングは「奇抜さ」の宝庫、他競技では見られない発想を…渡辺学(東京スポーツ)
■6月5日: レスラーの強さは「フィジカル」と「負けず嫌い」、もっと冒険していい…森本任(共同通信)
■5月30日: 減量より筋力アップ! 格闘技の本質は“強さの追求”だ…波多江航(読売新聞)
■5月23日: 男子復活に必要なものは、1988年ソウル大会の“あの熱さ”…久浦真一(スポーツ報知)
■5月16日: 語学を勉強し、人脈をつくり、国際感覚のある人材の育成を期待…柴田真宏(元朝日新聞)
■5月9日: もっと増やせないか、「フォール勝ち」…粟野仁雄(ジャーナリスト)
■5月2日: 閉会式で見たい、困難を乗り越えた選手の満面の笑みを!…矢内由美子(フリーライター)

 






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