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2020.08.15

【担当記者が見たレスリング(15)】台頭する都市型スポーツ! レスリングの危機は去っていない…船原勝英(元共同通信)

(文:スポーツエディター・船原勝英=元共同通信記者)

 「より速く、より高く、より強く」は、よく知られたオリンピックの標語だ。競技種目でいえば、陸上の100m、走り高跳び、レスリングということになろうか。その基幹種目ともいえるレスリングが、オリンピック競技から除外されかかった時のことは、まだ記憶に新しい。

レスリング未曾有の危機に、全世界のレスリンク界が団結し、オリンピック競技の地位を守った=2013年3月の女子ワールドカップ(モンゴル)

 レスリング関係者なら先刻ご承知のことだが、再録したい。2013年2月に開かれた国際オリンピック委員会(IOC)理事会で、2020年東京大会実施26競技のうち25競技を選定し、レスリングは除外された。野球・ソフトボール、空手など7競技とレスリングとで残る1つの座を争うという、まさかの事態。

 IOCとのパイプが弱く、情報戦では出遅れたレスリング界だったが、いち早く組織改革とルール改正を実行し、9月のIOC総会では投票の1回目に過半数を獲得する圧倒的な支持を得てオリンピック種目の座を守った。

 「伝統競技除外」のニュースは世界に衝撃を与え、反発の声も上がった。少数のIOC理事会で除外競技を絞り込んだことも問題視された。レスリング関係者だけでなく、オリンピックの母国ギリシャからもIOCへの批判が高まった。筆者もIOCの姿勢に大きな疑問を感じていたので、残留決定のニュースに胸をなでおろした。

共産圏にメダルが偏っている状態も懸念材料

 とはいえ、レスリングの危機が去ったわけではない。商業化へ舵を切っているIOCは、プログラム委員会で普及度、注目度、オリンピックでの観客数、テレビ視聴率、スポンサー収入など40項目近いチェック項目で“査定”している。「除外候補」とされていた近代五種やテコンドーなどにレスリングが総合点で劣るとは思えないが、人気、普及度という面では上位ランクとはいかないだろう。

旧社会主義国では満員の観客を集めているレスリングだが…=2019年世界選手権(カザフスタン)

 メダル獲得国分布の偏りも懸念材料だ。ロシア、ジョージアなど旧ソ連圏やトルコ、イランなど中東、アジア諸国が表彰台を占めている。IOC委員を多数送り出している西欧諸国の獲得メダル数は、前回リオデジャネイロ大会では男女計18階級72個の総メダル中、わずか6個。いずれも銅メダルで、スウェーデン2、ノルウェー、デンマーク、ドイツ、イタリアと驚くほど少ない。女子がオリンピック競技に加わった2004年アテネ大会以降、ほとんど傾向は変わらない。

 2024年パリ大会の実施競技を決めた2018年の理事会では、レスリングは中核28競技に入っているが、若者離れ対策とスポンサーつなぎ止めに躍起となっているIOCが、いつどのように方針を変えてくるかは読み切れない。

 2014年に採択した「アジェンダ2020」では、開催都市に追加種目の提案権を与える決定をした。それに沿って、パリが提起した追加種目では、東京大会で採用された空手が除外され、パリ提案では空手より下位だったブレークダンスが浮上している。フランスでは空手の人気、普及度は高く、柔道とともに子供のしつけとしても親たちから支持されている。東京大会が延期されたとはいえ、オリンピックの本番での実施を待たずに世界での愛好者1億人という空手を外した理由はよく分からない。

次回のユース・オリンピックではグレコローマンが実施されない

 筆者のメイン担当は陸上競技だったが、初めに書いた通り、レスリングはオリンピックに不可欠な競技だと考えている。「より強く」を象徴し、古代オリンピアの祭典競技からでも3000年近い歴史を持つ競技は、オリンピックの中核競技であるべきだ。レスリングを除外するオリンピックの方がおかしいと思っているほどだ。ただし、それには条件がある。

グレコローマンのオリンピック存続問題は、1990年ころから断続的に論議されている

 グレコローマン・スタイルの存在だ。その名の由来になっている「ギリシャとローマ」の古代から行われ、1896年の第1回アテネ近代オリンピックでも陸上、競泳、体操などとともに実施8競技に入った歴史を持つ。腰から下を攻めてはならない制約があるがゆえに、豪快な投げ技が魅力のダイナミックな競技スタイルだ。しかし、女子では行われておらず、一般ファンにはなじみが薄い。

 女子が採用される直前の2000年シドニー大会では、グレコローマン、フリースタイル各8階級あったが、次のアテネ大会で女子4階級が加わって男子は7階級ずつに。その後は女子の階級が増え、リオデジャネイロ大会から各スタイル6階級になり、男女合計ではシドニー大会当時とほぼ同階級数になっている。IOCの男女格差解消の方針に沿った階級調整だが、その行きつく先は、女子にないグレコローマンの廃止だろう。

 レスリング関係者、ましてグレコローマンにかかわる人からすれば「とんでもないこと」かもしれないが、今年6月、世界レスリング連盟(UWW)の理事(アゼルバイジャン)が「2024年パリオリンピックではグレコローマンは外れるだろう」と述べている。根拠は明らかではないが、一連の流れからは避けられない方向だろう(注=その後、ラロビッチ会長らが「聞き手の意味の取り違え」などと説明しているが…)。

 2022年開催が新型コロナウィルスのため4年後に延期になったセネガルでの第4回ユース・オリンピックでは、グレコローマンに替わって男女のビーチ8階級が実施されるなど、現実の動きにもなっている。

 IOCのバッハ会長は同月、ドーピング違反が絶えず、ずさんな組織運営が続く重量挙げをパリ大会の競技から除外することも辞さないと警告した。もう一つの「より強く」を象徴する重量挙げも例外ではないのだ。

旧来型スポーツのレスリングが生き残る道は?

 新規採用種目の圧迫は大きな脅威だ。東京大会で新採用されたスポーツクライミングは、①高さ15mの壁を2人同時に登って速さを競う「スピード」②約4mの壁を制限時間内にいくつ登れるかを競う「ボルダリング」③制限時間内に高さ12m以上の壁のどの地点まで登れるかを競う「リード」の3種目があり、それぞれ競技特性がかなり異なるが、オリンピックでは3種目の総合成績で順位を決める。新参者なので金メダルは男女1個ずつしか与えられないのだ。

オリンピックで実施されるスポーツクライミング。都市型スポーツはさらに台頭していくことが予想される

 ところが、パリ大会では「スピード」が単独種目に昇格し、男女4種目に拡大する。競技性、スピード感、分かりやすさ抜群で、テレビ向きの競技でもある。場所を取らないことなど運営面も含めて開催のストレスが少なく、今後の普及も見込めるので、オリンピック競技としての将来性は高い。

 スケートボード、ブレークダンスなど「都市型スポーツ」の参入で、好むと好まざるとにかかわらず、オリンピックの舞台は様変わりしていく。旧来型スポーツの占めるスペースの減少は避けられない。

 パリ大会でレスリングが実施されることは確実だが、階級数調整を含めてグレコローマンが残るかどうかは微妙だ。そうなると、レスリングをこれからもオリンピック競技として生き残らせるためには、グレコローマンを世界選手権種目に限る決断をすることではないか。

 陸上や重量挙げのドーピングとは違って、グレコローマンには何の罪もないのだが、身を削る覚悟が求められるのは、そう遠くない将来のような気がする。

船原勝英(ふなはら・かつひで)東京教育大(現筑波大)体育学部卒業後、1974年に共同通信入社。福岡支社を経て1982年から東京でプロ野球を担当し、1987年からはオリンピック競技をカバー。スポーツデータ部長、同企画室長として国体・総体の記録配信業務に携わった。1984年からは各地の放送局でコメンテーターを務める傍らスポーツコラムを執筆している。

担当記者が見たレスリング

■8月8日: マイナーからメジャーへ変貌! 選手はもっと主張していい…山口大介(日本経済新聞)
■8月1日:今はオンライン取材だが、いつの日か発信力を取り戻してほしい…牧慈(サンケイスポーツ)
■7月25日:IOCに「認められる」のではなく、「認めさせる」の姿勢と誇りを…森田景史(産経新聞)
■7月19日:弱さを露わにした吉田沙保里、素直な感情と言葉の宝庫だったレスリング界…首藤昌史(スポーツニッポン)
■7月11日:敗者の気持ちを知り、一回り大きくなった吉田沙保里…高橋広史(中日新聞)
■7月4日: “人と向き合う”からこそ感じられた取材空間、選手との距離を縮めた…菅家大輔(日刊スポーツ・元記者)
■6月27日: パリは燃えているか? 歓喜のアニマル浜口さんが夜空に絶叫した夜…高木圭介(元東京スポーツ)
■6月20日: 父と娘の感動の肩車! 朝刊スポーツ4紙の一面を飾った名シーンの裏側…高木圭介(元東京スポーツ)
■6月13日: レスリングは「奇抜さ」の宝庫、他競技では見られない発想を…渡辺学(東京スポーツ)
■6月5日: レスラーの強さは「フィジカル」と「負けず嫌い」、もっと冒険していい…森本任(共同通信)
■5月30日: 減量より筋力アップ! 格闘技の本質は“強さの追求”だ…波多江航(読売新聞)
■5月23日: 男子復活に必要なものは、1988年ソウル大会の“あの熱さ”…久浦真一(スポーツ報知)
■5月16日: 語学を勉強し、人脈をつくり、国際感覚のある人材の育成を期待…柴田真宏(元朝日新聞)
■5月9日: もっと増やせないか、「フォール勝ち」…粟野仁雄(ジャーナリスト)
■5月2日: 閉会式で見たい、困難を乗り越えた選手の満面の笑みを!…矢内由美子(フリーライター)







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